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長野地方裁判所佐久支部 昭和46年(ワ)16号 判決

原告

青木光雄

被告

両川栄

ほか二名

主文

被告らは各自原告に対し二七万八一二三円およびこれに対する昭和四六年五月八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用はその一〇分の三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

当事者の求める裁判、主張および答弁は次のとおりである。

Ⅰ  原告

(請求の趣旨)

被告らは各自原告に対し、一一四万三八二三円およびこれに対する昭和四六年五月八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行宣言を求める。

(請求の原因)

一  原告は昭和四五年一一月二四日午後一時一五分頃、被告両川栄の運転する普通乗用自動車(長野五の五五〇一、以下甲車という)の助手席に同乗中、長野県北佐久郡御代田町大字御代田地内の、交通整理の行われていない小田井交差点において、同車が被告西藤努の運転する普通貨物自動車(長野四ね九八三一、以下乙車という)と衝突し、そのため顔面割創の傷害を受けた。

二  右事故は、甲車の運転者被告両川が、右交差点に小諸市御影町方面から東方御代田町雪窓湖方面に向かい時速約四〇粁で進入するに際し、一時停止の道路標識を看過し、時速約二〇粁に減速したのみで、交差道路の交通状況を確認しなかつた過失と、乙車の運転者被告西藤が右交差点に佐久市方面から北方国道一八号線方面に向かい進入するに際し、徐行の標識を看過し、時速約六〇粁の高速度のまま交差道路の交通状況を確認せずに進入した過失が競合して発 したものである。

三  被告両川は甲車の所有者両川まさ子の夫で、必要の都度随時同人から同車を使用貸借して自ら運転し、自己のための運行の用に供していたもの、被告萩原三男は乙車の所有者でこれを自己の業務のため運行の用に供していたものであるからいずれも自賠法第三条により、被告西藤は乙車の運転者として民法第七〇九条により、各自原告に対し本件事故による損害を賠償する責任がある。

四  原告の損害は次のとおりである。

(一) 治療費等

1 入院治療費(四五、一一、二四から一二、五まで一二日間) 三万六一二三円

2 通院治療費(四五、一二、六から四六、二、一一までの間三回) 二一〇〇円

3 診断書料 一四〇〇円

4 通院交通費 六〇〇円

5 入院雑費(一日三〇〇円として一二日分) 三六〇〇円

(二) 慰藉料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告の本件事故で蒙つた顔面割創は一八針の縫合を要し原告は、一二日間の入院治療にかかわらず、左額部に長さ約一〇糎、幅〇・五糎の線状瘢痕、額から鼻の上にかけて数個の点状の瘢痕を残し、顔面に著しい醜状を呈するに至つた。

原告は当時二六才の若さで有限会社青木解体工業、西軽油販有限会社の代表取締役、有限会社コモロ犬舎の取締役を兼ね、右各事業の一層の発展拡張を期し、将来は洋々たるものであつたのに、右のような顔面の傷痕のため、初対面の顧客に恐怖心を与え敬遠されることになり、事業の発展どころか従来の収益の確保さえ困難となつた。

以上のような事態により蒙つた原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては一〇〇万円が相当である。

(三) 本訴提起に要した弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円

五  よつて各被告に対し、右損害の合計額一一四万三八二三円およびこれに対する本件事故後(請求の趣旨拡張申立書が陳述された口頭弁論期日の翌日)である昭和四六年五月八日以降完済までの民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

(被告両川の過失相殺と賠償請求権放棄の抗弁に対する答弁)

前記原告の主張と符合する点を除きすべて否認する。

Ⅱ  被告両川

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、原告勝訴の場合は仮執行免脱宣言を求める。

(請求原因に対する答弁)

一の事実中傷害の点は不知、他は認める。二の事実中被告両川が一時停止の標識を看過し時速二〇粁で左右の安全を確認せずに進入した過失があるとの点は争い、他は認める。三の事実中被告両川に自賠法第三条による賠償責任があるとの主張は争う。四の事実中入院治療費を認め、その余は不知。

(抗弁)

一  本件事故は原告が被告両川の運転意識を混乱させたために発生したもので、被告両川には過失はない。即ち、被告両川は、本件事故当日原告から猟に同行するよう誘われ、甲車を運転して原告宅に赴いたところ、原告は「君の車に乗せて行つてくれ。」と甲車の助手席に同乗し、原告の経営する西軽油販有限会社の御代田のガソリンスタンドに勤務する横尾某が猟場を知つているのでそこへ行くよう指示した。被告両川も右ガソリンスタンドの所在は知つており、本件交差点で左折して行くつもりでいた。そして右交差点に至り、その手前で一旦停止して左右の交通状況を確認し、右方から乙車が進行して来るのを発見したが、同車より先に左折進行し得ると判断してハンドルを左に切りつつ発進したのであつた。ところがこの瞬間、原告が突然「まつすぐに行つた方が近い、まつすぐに行け。」と命令口調で指示した。被告両川は前記のような事情で原告を同乗させた関係上、原告の指示を尊重すべき立場にあつたため、一瞬混乱してハンドルを右に戻したところ、乙車の衝突するに至つたのである。このように本件事故は原告が不用意な発言により被告両川の正常な運転操作をかく乱したことと、乙車の運転者被告西藤の徐行義務違反前方注視義務違反が競合して生じたもので、被告両川に過失はない。

二  仮に被告両川に本件事故による賠償責任が発生したとしても、その後、原告と被告両川が共に入院中の浅間病院において昭和四五年一一月二九日頃、原告は事故を惹起した原因が自己にあることを自認し、被告両川に対する損害賠償請求権を放棄する旨言明した。

三  なお、前記のとおり原告には好意同乗ならびに運転かく乱の過失があるので、予備的に過失相殺を主張する。

Ⅲ  被告西藤、同萩原

(請求の趣旨に対する答弁)

被告両川に同じ。

(請求原因に対する答弁)

請求原因一につき、被告両川に同じ。二につき、本件事故は被告両川の一時停止義務違反の一方的過失によるもので、被告西藤に過失はなく、同被告および被告萩原には何ら責任はない。四につき、損害の点はすべて不知。

証拠関係は次のとおりである。〔略〕

理由

一  請求原因一において原告の主張する日時場所で、被告両川が運転し原告が同乗する甲車と、被告西藤が運転する乙車が衝突したことは争いがなく、右衝突により原告が顔面(前額部)に割創を負つたことは、〔証拠略〕により明らかである。

二  (一) 被告両川が右甲車をその所有者たる妻から必要の都度随時使用貸借していたとの原告主張事実は、同被告が明らかに争わないのみならず、同被告本人尋問の際にもこれに沿う供述をしているところであるから、同被告は本件事故の際同車を自己のための運行の用に供していたものということができる。

(二) 被告萩原が乙車の所有者で、これを自己の業務のため運行の用に供していたことは、同被告の明らかに争わないところである。

三  被告両川は自己の無過失と、被告萩原は乙車の運転者被告西藤の無過失をそれぞれ主張するが、全証拠によつてもこれを認めるに足りない。却つて〔証拠略〕を総合して考察すれば、本件事故は被告両川が本件交差点に西方から進入するに際し、右交差点の見通しが必ずしも良好でなく、かつ一時停止の指定が道路標識によつてなされているのに、速度を従前の毎時約四〇粁からほとんど減ずることなく、かつ右方(南方)から交差する道路の交通状況を確認せず漫然通過しようとした過失と、被告西藤が南方から同交差点に進入するに際し、徐行せず、かつ甲車が左方から進入して来るのを認めながら一時停止してくれるものと軽信して高速度のまま通過しようとした過失が競合して発生したものと認めるほかはない。〔証拠略〕(本件事故に関する刑事事件の捜査段階における供述調書)中の右認定に反する部分は、いずれも措信しない。(即ち、被告両川は本件交差点の手前で一旦停止したのち発進したと述べ、被告西藤は速度を毎時二、三〇粁に落したと述べているのであるが、〔証拠略〕(実況見分調書)によれば、両車は交差点のほぼ中央部で衝突し、接触したまま東北隅まで一〇米以上滑走し、乙車は横転していることが認められ、このことは両車が相当な高速度のまま衝突したことを示すものと考えられるのであつて、右供述のとおりであれば、このような結果を招くとは到底考えられないのである。)

以上のとおりであつて、被告両川、同萩原は自賠法第三条により、被告西藤は民法第七〇九条により、各自原告が右事故により蒙つた損害を賠償すべきである。

四(一)  損害額について検討する。〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により前記のように前額部に割創を負い、直ちに救急車で佐久市立浅間総合病院に運ばれ、一八針縫合の処置を受け、以後一二日間入院し、その間の治療費は三万六一二三円であること、その後約一か月半の間三回別の医院に通院し、その治療費として少くとも二〇〇〇円を支出したこと、浅間総合病院から本件事故の事後処理に必要な診断書四通を受領し、その料金一四〇〇円を支出したことが認められる。また入院中諸雑費の支出があることは当然であり、本訴における請求額一日三〇〇円一二日分三六〇〇円は必要かつ相当とされる限度内のものと認められる。なお交通費および右認定を超える通院治療費については充分な立証がない。

(二)  次に慰藉料について考える。原告の受傷当時の職業、地位、年令は〔証拠略〕により、その主張のとおりであることが認められ、受傷の程度は右(一)において認定した点のほか、原告主張のような瘢痕を残していることが〔証拠略〕によつて認められ、自賠法施行令の別表第一四級第一〇号に該当する程度のものと考えられる。なお原告と被告両川とは狩猟仲間であり(このことは右双方本人尋問の結果により明らかである。)、原告がいわゆる好意同乗者であつた(このことは争いがない。なお当日どちらが猟に誘い、どちらが同乗を申出たか等について争いがあるが、いずれとも判然としないし、強いて判然とさせなければならないほど重要な事柄とも思われない。)ことは、被告両川に有利に斟酌すべき事情である。他方、前認定のような過失の態様に徴すると、原告同乗の甲車の運転者被告両川の過失の方が、被告西藤の過失よりも大きいと見られることは、被告西藤、同萩原の側にとつて有利な事情ということができる。以上のような諸般の事情をかれこれ考えあわせると、本件における慰藉料の額は、いずれの被告との関係においても二〇万円が相当と認める。

(三)  次に原告が本訴の提起維持のため、弁護士に委任していることは訴訟上顕著であつて、これに要する費用として三万五〇〇〇円を被告らに負担させるのが相当である。

五  被告両川は原告が賠償請求権を放棄したと主張するが、被告両川本人尋問の結果のみによつては、確定的に右放棄の意思表示がなされたとは認め難く、他にこれを認め得る証拠はない。

六  被告両川は原告に運転妨害および好意同乗の過失があると主張するが、妨害の点(殊に、一旦左折の態勢に入つたのち、原告の指示により右転把したという点)についての〔証拠略〕中の同被告の供述記載は、前認定のような衝突地点その他本件事故の態様に徴し措信し難く、他にこれを認め得る証拠はない。もつとも被告両川が本件交差点を左折して行くつもりでいたところ、進入直前ないし直後に原告が「まつすぐに行つた方が近い」と言つたため、被告両川が急いで予定の進路を変更し直進したという程度の事情はあつたかもしれないが、右発言が被告両川の前記のような交差点通過の際の基本的注意義務の不履行を招来する必然性ないし高度の蓋然性を有するとも思われず、これをもつて原告の過失であるとは解し難い。また単なる好意同乗自体は、慰藉料算定の際の斟酌事由とはなり得ても(この点は前示のとおり既に斟酌した。)、過失に該当すると解することはできない。

七  そこで、原告の請求を被告らに対し前記認定の損害額合計二七万八一二三円およびこれに対する本件事故の後(本件請求の趣旨拡張申立書が陳述された口頭弁論期日の翌日)である昭和四六年五月八日以降完済まで民事法定利率による遅延損害金の各自支払を求める限度で正当として認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言は本件においてはその必要がないものと認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井登葵夫)

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